「好かれるために仕事するわけじゃない」桃井かおりが老けたオンナにならない理由【前編】

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 今や伝説的存在の女優桃井かおりさん。「SAYURI」でハリウッド映画初出演以降は、生活拠点をロサンゼルスに移し、映画監督、ジュエリーデザインなどにも活動の場を広げています。CMでのエイジレスな美しさも話題、元祖天然女優の“潔い”生き方をみつめます。

ワタシのあの頃
ヌードで勘当され、マスコミからは「自己中心的で生意気」と叩かれた

 独特の喋り方や自由な発言でも知られる桃井さんは、世田谷の裕福な家庭で育ちました。父は軍事評論家、兄弟も銀行員や科学者と厳格な家庭で、母親は美容室の雑誌で娘が映画でヌードになった写真を見つけ、卒倒したといいます。    
 それがきっかけとなり、父から勘当を言い渡された桃井さんは家出。4ヶ月後、「かおり許す、父」という新聞に載った伝言で家に戻ったというエピソードは有名です。

 1975年、桃井さんは、倉本聰氏脚本の「前略おふくろ様」出演で一躍お茶の間でブレイクしました。その後は、「幸福の黄色いハンカチ」、「もう頬づえはつかない」などの話題作に次々出演、日本アカデミー賞、ブルーリボン賞など国内の女優賞を総なめにします。
 テレビ、映画で引っ張りだこになった桃井さんですが、歯に衣着せぬ発言やマスコミに迎合しないマイペースな姿勢から、「自己中心的で生意気」と叩かれたりもしました。

私にとって演じるとは、毒を吐くこと
出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/桃井かおり

スタッフに好かれるために仕事してるわけじゃないから
出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/桃井かおり

文学座で勉強したことは、あまり役に立たなかったです。単に「学校」ですから。
出典:http://jp.blouinartinfo.com/news/story/894679/tao-jing-kaoriting-zhi-sururi-ben-ying-hua-ye-jie-nituiteyu-ru

 どんなにマスコミが“わがまま女優”と叩こうと桃井さんと仕事がしたい監督や俳優は後を絶ちませんでした。ショーケンこと萩原健一さん、故 松田優作さんや原田芳雄さんとの交流も有名ですね。
 桃井さんは、黒澤明監督や神代辰己監督といった今は亡き巨匠から、岩井俊二監督、三池崇史監督など若い監督の作品まで話題作に出演、女優として独自の存在感を確立していきました。

 過去の自慢話しかしない大人が多いじゃないですか。今、何をやるか。これから何をやれるか。何に面白がれるか。それしか素敵じゃないでしょ。
出典:http://matome.naver.jp/odai/2131710679428466501

 発言のひとつひとつが独創的な桃井さん。冒頭で元祖天然と書きましたが、彼女の言葉は今も新しくヴィヴィットに響きます。
 そして、発言や動向だけでなく、演技もまた驚くほど斬新で瑞々しいものだったのです。今でこそモノマネなどでお馴染みの桃井さんスタイル、でも、登場以前と以後では女優の価値観が変わったとさえ思われるほどの衝撃を、映画界に与えたのではないでしょうか。

 やがて、桃井さんの強烈な個性と映画への強い思いは、日本にとどまらず世界へと広がっていきます。きっかけは父親の死でした。

変わったきっかけ
“辛い状況に身を置く”決意でハリウッドへ。老けた30代になりたくない

 厳格で教育熱心だった父は、桃井さんに大きな影響を与えた人でした。
 新聞の伝言欄以外にも面白いエピソードがあります。

20代の頃、(厳しい割に口紅や喫煙に寛大な父に)「どうしてタバコを吸っても何も言わないんですか?」と紙に書いて渡したところ、「タバコを吸うようになってからよく歯を磨くようになったと聞いております。それはそれでいいんじゃないですか」と紙に書いて返してきた。
出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/桃井かおり

 口紅に関しては、「僕がキスするわけじゃないので」とメモ書きが返ってきたとか……。そんな父親の死は桃井さんにとって衝撃でした。2004年のことです。
 桃井さんは父の死を乗り越えるために、“もっと辛い状況に身を置く”ことを決意します。日本でのキャリアに頼らず、ハリウッド映画のオーデイションを次々に受け、見事「SAYURI」への出演を勝ち取りました。

夢って、頭で考えるものではなく、体で見るもの。
出典:http://matome.naver.jp/odai/2131710679428466501

頂上にたどり着いて、たとえきれいな夕焼けに出会えなくても、そこで思わぬ体力がついていることの方がすごいでしょ。夢を追いかけるときに力がついてくる事実の方が、夢を手に入れたかどうかよりも、もっと素敵なことなんじゃないの。
出典:http://matome.naver.jp/odai/2131710679428466501

 私たちが「夢見る」という言葉から連想する年齢は幾つくらいでしょうか。桃井さんがそれまでのキャリアを手放し、単身LAに向かったのは50代。
 心の若々しさと勇気に驚くばかりです。

どの仕事も、ある程度の年数がたつと、変化が少なくパターンにはまって色あせてくるよね。恐ろしかったのは、いつまでも若いフリしてる老けた30代のようになること。やっぱり新しくいたいし、試したかったし、人生を活気づけたかった。(後文略)
出典:https://www.myrepi.com/otona-square/otona-sense/article/sense-momoi-141219

 環境も仲間も変え、新たな挑戦を選んだ桃井さん。新鮮な現場で演技する中で、「監督が迷ったらアイデアを出すとか、前よりもすごく親切」になり、「仲間を信じるってことも覚えた」とか。そして、それまでの経験が人生を生きる上での筋肉になっていると実感した、とも言います。

やっぱり50代っていろいろな経験を一回りして、そこそこ力持ちになって“筋肉”付いてるじゃない。だから、ま、やれちゃうのよね、なんでも。
出典:https://www.myrepi.com/otona-square/otona-sense/article/sense-momoi-141219

 その後、桃井さんは女優だけでなく、映画監督、海外映画祭の審査員なども手がけ、映画界以外にもジュエリーデザインや、雑誌創刊など活動の場を広げていきました。

 しかも独立心旺盛な桃井さんは、LAでマネージャーも持たず果敢な挑戦を続ける一方、日本の映画界に苦言を呈すなど 相変わらず“お騒がせ女優”っぷりは衰えません。

(日本映画の現状について)マンガだけを読んで育った人が見る側もほとんどなので、ものすごく子供っぽくなっている感じはします。
出典:http://jp.blouinartinfo.com/news/story/894679/tao-jing-kaoriting-zhi-sururi-ben-ying-hua-ye-jie-nituiteyu-ru

(俳優以外を配役することが多い点について)日本では、演技の勉強をすれば結局一様に同じ芝居をするようになってしまいます。(中略)演劇の勉強の仕方が(欧米とは)とにかく全然違っているのです。(中略)日本の演劇の勉強ならしない方がいいと思います。それと結局素人がやってもいいような、そういう映画を撮っているんですね。
出典:http://jp.blouinartinfo.com/news/story/894679/tao-jing-kaoriting-zhi-sururi-ben-ying-hua-ye-jie-nituiteyu-ru

 それでも彼女の鋭い言葉の端々から、体験したからこその、日本映画界へのエールを感じるのは私だけでしょうか。もちろん桃井さんは、苦労話を自慢気に語るようなダサい真似はしないのですけど。

日本の場合、本当に海外での販売を視野に入れるような、そういう会社がないですからそれが根本的な問題です。旧態然とした状況がずっと続いてますので。でも音楽業界が変わってきたように、映画も新しい方法を見つけられるかもしれません。そうなると大き化ける可能性はあると思います。
出典:http://jp.blouinartinfo.com/news/story/894679/tao-jing-kaoriting-zhi-sururi-ben-ying-hua-ye-jie-nituiteyu-ru

(mami)

▶▶【後編へ続く】:「70歳までに籍を入れたい」桃井かおりが老けたオンナにならない理由【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+