うつ・夫の死・心臓病を乗り越えて。50年の「片思い」をつむぎ続ける、みつはしちかこ

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 今回はうつ病や夫の死、みずからも心臓病で昏睡、入院という壮絶な3年間を乗り越え、初々しい恋心を描きつづけるみつはしちかこさんの「漫画創作の原点」、そして「喪失を乗り越えた先を生きる」今を見つめます。

ワタシのあの頃
3人の母に育てられ、デビュー。順風満帆な日々はうつ・夫の死・心臓病で歩みをとめる

 小学生で実母と死別したみつはしさんは、野の花に心なぐさめられる少女時代を過ごしました。その後、愛情深い継母に出会います。結婚してからは、しっかりものの姑との生活。「3人の母に育てられた」とみつはしさんは語ります 。

 アニメーション会社に就職後も、高校時代の自分をモデルにした 「チッチ」が主人公の4コマ漫画『小さな恋のものがたり』を描き続けました。雑誌デビューを果たし、今にいたるまで連載が続く『小さな恋のものがたり』は、70年代にはミリオンセラーとなります。さらにアニメ化された『ハーイあっこです』など、ヒット作を世に送り出してきました。

私はいつか、こういう野の花のような人を主人公にした、ものがたりを描きたい。(中略)ふり返れば、野の花を原点として、3人の母たちが私の作品を育ててきてくれたのかもしれません。
出典:http://matogrosso.jp/

 はじまりは、50年前の少女の初々しい片思い。でも、甘酸っぱい切なさは時を越えて私たちの心にひびきます。夏の名残の風鈴を揺らす、キンモクセイの香りの風のように。どんなに大人になってしまっても、チッチと一緒にページをめくればそこに、あの日の「私」がいる――それが私も愛する『小さな恋のものがたり』ではないでしょうか。

 順調に執筆活動を続けていたみつはしさんはうつ病を発症、漫画を描けなくなってしまいました。夫や周囲の人々に支えられて退院するも、ほどなくして夫が病に倒れ、亡くなってしまいます。その後、心臓病で自らも昏睡状態におちいり、再び長い入院生活を送ることとなりました。漫画が描けなくなり、夫を喪い、みつはしさんは「なぜ助けられたのか」という思いを抱きます。

ここ3年の間に、病気をしたり、夫を亡くしたり、(中略)色んなことを経験しました。『死んでしまってもよかったのに』と思ったこともあったぐらい、どん底でした。
出典:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/

変わったきっかけ
絵筆と離れてつむいだ俳句。そして相田みつをの詩集との出会い、再び漫画執筆へ

 うつ病で一度筆をおいてから、夫の死・自らの心臓病を経て、絵を描く気になれなかったみつはしさん。そんな中でも続けることができたのは、10代の頃から親しんできた俳句でした。何度か朝日俳壇に入選しますが、選ばれるのはいつも何気ない日常をつぶやいた句でした。

波乱万丈だったり、向上し続ける人生ではないけれど、少しずつ違う毎日を面白がること、野の花のように生きることが私の原点なのだ、と気付きました。(中略)病気が初心に帰らせてくれたんです。
出典:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/

 みつはしさんが俳句に折り込む何気ない日常は、思春期の女の子のきらきらしたときめきや、小さなヤキモチを描いた『小さな恋のものがたり』そのものの世界。変われない自分を嘆くのではなく、変わらない日々をいつくしむ人はきっと、老いてなお美しいのではないでしょうか。

 そんな日々を送っていたみつはしさんは、相田みつをの詩集と絵のコラボレーションという仕事で久々に絵筆をとることになります。相田みつをの詩と自分の絵の世界観は合わないのでは、と疑問を抱きつつ、編集者の熱意に乗せられて引き受けたというのが実状でした。でも次第に、相田みつをの穏やかな世界と、チッチとサリーの可憐な世界が結びつき、静かに溶け合いはじめます。相田みつをの言葉を通じて、みつはしさんの心に再び描く喜びが芽吹いたのです。

チッチがサリーに向かって笑顔で走り寄って行く一枚がお気に入りだ。「元気になってまたあなたに会いに行くわ、という気持ちがうまく表せました。
出典:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/

今と、これから
解放感の向こうで再びめぐり会った初心、そしていつまでも続く「初恋」の愛おしい日々

 現在は一人静かに暮らしているみつはしさん。50年も10代の女の子の初恋を描きつづけることに戸惑ったこともありますが、病気を経た今は変わらないチッチの想いを描けることが嬉しいと言います。夫を亡くし、一人になって得たのは解放感でした。寂しさとすがすがしさをはらんだ感覚を乗り越えたことで、再び漫画に向き合えたのです。

ひとりぼっちになって、いちばん心地よく味わったものは「解放」と「自由」。(中略)今はその解放感を乗り越えて、また漫画を描きたいという意欲が出てきました。(中略)解放されてからの自由をいかに楽しめるかが、老後を過ごすコツなのでしょうね。
出典:http://matogrosso.jp/

 この秋、ついに待望の『小さな恋のものがたり』第43集が刊行されました。おばあちゃん、お母さん、娘と世代を超えて愛され続ける『小さな恋のものがたり』は、みつはしさんにとって一心に歩いてきた人生というひとすじの道です。

 がむしゃらに頑張り勝ち続ける人生は輝かしいものです。では平凡な人生はつまらない?  そんなことはありません。野の花のような“チッチのこころ”が50年もの間、多くの人々を魅了し続けてきたのは、みつはしさんの歩んできた「毎日を大切に、こつこつ進む」人生そのものの輝きが満ちているからではないでしょうか。

 チッチはみつはしさんの分身。サリーのモデルとなったみつはしさん自身の初恋の君も、すでにこの世から去りました。それでもみつはしさんの描くチッチとサリーのほのかな恋は続きます。みつはしさんが、野に咲く花のような心をときめかせ続ける限り……。

毎日を楽しく過ごしているのですが、それは思い出から力をもらっているからなんです。(中略)女性はときめく心を大切にすることで、いくつになっても人生を楽しめると思うんです。
出典:http://chikakomitsuhashi.com/

キラリと輝く名言

後ろ向きで歩くことも大切。ふと後ろを向けば、一本の長い道が続いているのが見えるから。

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+