「絵を描くことが好き」と言えなかった、引っ込み思案のイラストレーター・クロエの成長記【前編】

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《 熊本地震で被災された方々に心よりお見舞いし、亡くなられた方にはご冥福を申し上げます。被災地の方々への救援が一刻も早く行われ、一日も早い被災地の復興を、アイズプラススタッフ一同、心よりお祈り申しあげます。》

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今回は、「絵本の学校」を卒業後、プロのイラストレーターとして歩み始めたクロエさんが語る、「自分で決めること」の重要性について見つめます。

ワタシのあの頃
恥ずかしい。描いた絵を姉にしか見せられなかった内気な子

クロエさんは、双子の姉を含めた6人兄弟のひとりとして、鹿児島県で育ちました。

たくさんの兄弟がいる家庭はとても賑やかでしたが、クロエさんは黙々と絵を描いて遊ぶことが好きな、物静かな性格の少女だったそうです。

双子の姉は、兄弟の中でもいちばん親密で、漫画をシェアしあうなど共通の楽しみがありました。そのなかでも、CLAMP(クランプ)の漫画作品を好んで読むようになり、幼いクロエさんは作中で描かれる繊細なイラストに憧れを抱いたのでした。

時は過ぎ、高校へと進学をしたクロエさんでしたが、相変わらず集団の輪に入ると緊張してしまう性格のため、決まった部活動には参加せず、アルバイトに専念することに。
アルバイトで得た給料で、専門的な画材を購入するようになり、空いた時間に絵を描く日々が続きます。

でも、絵を描いているところを見られると描けなくなってしまうため、あくまでも「秘密の趣味」。自己紹介でも、絵を描いていると言う勇気はありませんでした。
そんな引っ込み思案のクロエさんですが、高校卒業後は、都内に住む親戚を頼りに上京することにしました。

同級生の多くは地元に残るか、博多で就職をするなか、過去に2回しか行ったことがない東京で、社会人としてゼロからスタートすることを選択したのです。
はじめてひとりで降り立った空港の広さ、ひとの多さの衝撃を、のちにこう振り返っています。

羽田に来た時は、未来都市だとおもった。

「未来都市」のような東京で、とある会社に入社して寮に入ったクロエさんでしたが、ピンチはひと月足らずでやってきました。
その会社はいわゆるブラック企業で、大勢いた同期はあっと言う間に辞めていく始末…。
事業内容がはっきりとみえない不安もあって、はやくも都内の親戚を頼りにアパートを借りて、工場に再就職することにしました。

このとき、双子の姉も上京をしてきており、一緒に生活をしていたことが心強かったそうです。仕事をして、もらった給料で画材を増やして、心許せる姉にだけ絵を見せる。とても充実した時間を過ごすうちに、気持ちも落ち着いたとのこと。

そんなある日、世話になった親戚の紹介で介護職に就くことになりました。
職場に勤めてしばらく、クロエさんの生活に嬉しい変化があらわれはじめます。心許せるひとに出会い、数年間の交際を経て結婚することになったのです。

希望あふれる結婚生活の反面、クロエさんは介護の仕事を続けがたいできごとに見舞われて、退職をしました。その後、すぐに転職をするか、専業主婦になるかなど、「仕事」について考える時間が増えたのだそうです。

夫は専業主婦でいいと言ってくれたけど、なにかしていたかった。なにもしなければ、このまま灰になってしまう。

なにが好きで、なにをしたい?

いま、なにをするべきか。

クロエさんは、自問します。

もう一度仕事について考えてみた時、好きなのは絵を描くことだと改めて気が付いた。でも、専門学校的な、かっちりとした学校は自分に合っていない気がした。

悩み抜いた末に、クロエさんは「絵を描く仕事がしたい」自分に気がつきました。

でも、どうすればいいかわからない。

そこで、ご主人と相談し、まずは絵を学べる場所を探すことにしたのでした。

本当に、いまの仕事を続けていいのかな。このままの生活でいいのかな。そう振り返る瞬間は、誰にでもどこかのタイミングで訪れるものです。このとき、たくさんの「制約」が、挑戦への一歩を邪魔するかもしれません。
それは、継続できるかという不安、金銭的な心配事、年齢、タイミングなど、色々な制約です。でも、「やりたい」ことや「好きなこと」が目の前に見えているのなら、それが進むべき道なのではないでしょうか。たとえ、困難が待っていたとしても、「好きなこと」のためなら、乗り越えられる気がしませんか?
自分と向き合い、「絵を描く仕事」をしたい自分に気付けたクロエさんは、確実に一歩前進しています。 

変わったきっかけ
私が求めていた場所、仲間はここにいる! 直感で引き込まれた「絵本の学校」

2014年の夏の終わり、絵本について学べる場所を検索をしていたときのこと。クロエさんの目に、ウーマンクリエイターズカレッジ「絵本の学校」のホームページが留まりました。

少人数でアットホームな雰囲気を感じ、ご主人に相談すると、ご主人は引っ込み思案なクロエさんのために、電話番号を入力した受話器をクロエさんに差し出し、電話で資料請求するように促しました。

クロエさんは緊張しながら、プレオープンしていた「絵本の学校」を見学したいという気持ちを告げて、ついに見学当日を迎えます。

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教室でメンバーに出迎えられ、1日体験入学を終える頃、クロエさんはこう思ったそうです。

ムードメーカーな同級生や、妖精みたいな同級生に安心した(笑)。見学に来て、その日に入ると決めた。なぜかというと、先生と話をして、直感的な。少人数で学校学校していない雰囲気が、私の性格には合っていた。

ご主人も、雰囲気的にクロエさんにはぴったりだということで入学に賛成を示し、クロエさんは学校生活をスタートさせます。

ところが、どうしても自己紹介のような目立つことは苦手で、名前を告げるだけで精一杯。それでも、仲間と徐々に打ち解けて、たわいもない話で盛り上がれるようになりました。

順調な学校生活を送っていましたが、ときには挫折感から逃げたくなる日もありました。「絵本の学校」は、大勢の前で卒業制作となる絵本の企画を発表するイベントがあったり、ほかの仲間の作品をみて、引け目を感じることがあったからです。

引け目を感じて自信がなくなるとそこにいるのが辛くなる。あと、「課題」は趣味で描く絵とは違って「義務」。これに対して、はじめは免疫がなかったのかもしれない。

やらなければならないと思うと、描きたいものが浮かばなくなる。そんなスランプにも陥りましたが、クロエさんは必死に取り組みました。

学校に通うにあたり、ご主人と約束をしたからです。どんなに辛くても、休まずに通い切ると。

旦那に「描きたいものは湧き出てくるものなんじゃないの? 考え込んで苦しんで描くものなの?」って言われたことがあって、外から見てもスランプなんだなって思った。心配してくれていたんだろうけどね。でも、そのときはちょっとショックで、みんなに相談して、励ましてもらって、最初に考えていた話とは別のものを描けた! 

企画を発表するイベント前は、何度も何度も先生と面談をして、シミュレーションをしました。

そして迎えた本番、クロエさんは無事に「作りたい絵本」についてプレゼンをして、読みたい絵本企画3位の高評価を獲得。

すごく楽しかったし、文化祭を終えて舞台の上でみんなで達成感に浸っている、高校生みたいな気分だった。仕事だと思って本気でやれば、割り切れる

大勢の前で発表した企画をもとにした卒業制作。その完成を目指すクロエさんの中に、迷いはありませんでした。

最初の一冊だから妥協したくないって思って、入稿日ギリギリまで絵を描いていた。

丁寧に描きすぎて時間がかかったけれど、一生で1冊しかない「はじめての絵本」を無事に入稿したのは、2015年の夏。絵を学ぼうと思ってから、ちょうど1年たったころでした。

印刷所から絵本が届き、はじめて自分の絵本と対面したときのことを覚えていますか? と問うと、クロエさんは言いました。

はじめて自分でやりたいことを考えて、はじめて自分で決めた。ここに来て報われた。みんなで頑張ったから余計に楽しかったし、全員が素晴らしい出来で嬉しかった

絵本の学校に入っていなかったら、人前に作品を出すことはなかった

姉にしか絵を見せられなかった内気な少女が、絵を描く仕事をしていますというようになるまで、随分と時間がかかりました。

「絵本の学校」での生活はたった1年だったけど、実際の評価以上に得るものがあったと語るクロエさん。
その表情は、イキイキとして輝いています。

クロエさんの描く絵は、クロエさんの心を映し出したかのように繊細で、温かみがあるやさしい絵です。とても素敵な作品を生み出すのに、引け目を感じて立ちすくんでしまうクロエさん。その周りには、たくさんの仲間がいました。自分の人生、仕事について考えたあと、ここだと思える場所を自分で見つけて飛び込んだことが、大きな変化。ご自身で大きな変化を生み出したのですから、大きく成長しないはずがありません。 

(たまさき りこ)

▶▶【後編へ続く】:わたしはイラストレーターです。引っ込み思案のイラストレーター、クロエの成長記【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+

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