私を愛して。真実の愛と完璧を求めたディーバ、マリア・カラス【前編】

このエントリーをはてなブックマークに追加

51g1-DZlvnL._SX425_
出典:http://www.amazon.co.jp/

怒れる歌姫は真の姿か。今回は歌姫マリア・カラスさんがひとりの女性として求めた愛の形をみつめます。

ワタシのあの頃
歌声は母の虚栄心を満足させただけだった。ママ、私を愛して

マリア・カラスさんをご存知でしょうか。オペラ界を震撼させた、伝説のソプラノ歌手です。
生き様はとてもスキャンダラスで、愛に対しては狂気と感じるほど情熱的。

でも本当は、とても繊細で、不安に陥りやすい細やかな性格だったのです。

そんなマリアさんの波乱な人生は、母親のおなかの中にいる時からはじまっていました。
母親は、マリアさんの兄にあたる息子を亡くした後の妊娠だったこともあり、精神的に不安定で、生まれてくる子は男児だと信じられていたそうです。

そのような影響からか、両親はマリアさんの誕生を喜べず、出生届も期限を過ぎてから提出されました。

マリアさんの生年月日は12月2日。
この日付は出産に立ち会った医師の証言がもとになっています。
しかし、ニューヨーク市にはマリアさんの名前の記録がなく、母親は12月4日が誕生日だと言って譲らなかったそうです。
誕生日を曖昧にされた理由は、母の嫌がらせだと、マリアさんは言い遺しています。

幼いマリアさんは両親からの愛に飢え、家庭内で生きづらさを感じていました。
その寂しさを埋めるように、姉が受けていた音楽のレッスンを見ては真似るのでした。

音楽の才能があると言われていた姉の英才教育を、傍らで自分のモノにしようと集中力を発揮し、記憶し、模倣する日々。
どんなに努力をしても、ことあるごとに見目麗しい姉と比較し、姉ばかり愛する母親。
特別になれないこと、姉妹間に愛情の差があることを、マリアさんは幼児期に悟ってしまいます。

さらに、両親の不仲も垣間見えるように……。
13歳になったマリアさんは、両親の離婚に併せてニューヨークを離れ、ギリシャに渡ることになったのですが、父親と離れることに胸を痛めました。
すべてを否定する母親よりも、父親への愛情のほうが大きかったからです。

心が満たされない生活が、マリアさんの性格に影響したのは言うまでもありません。
とても陰りのある人生観を、早いうちから作り上げたのです。

「人生は苦悩です。ですから自分の子にそう教えない人は不正直だし、間違っていると思います。生きることは逃げ場のない闘いです。」
出典:「真実のマリア・カラス」レンツォ・アッレーグリ著/小瀬村幸子 訳

ギリシャに渡ってからは、年齢を偽り音楽学校に入学し、劇場デビューを果たします。
すでに音楽の才能は姉を超えており、ギリシャで有名になったマリアさんですが、“もっと完璧に、誰にも負けたくない” という気持ちは募るばかり。

この向上心は好戦的と思われがちで、トラブルの種でもありました。

そんなマリアさんの、強い向上心を示すエピソードをひとつ。

彼女の歌は、もちろんテクニック的にも正しいものではなかった。われわれ歌手仲間が『口のなかのじゃがいも』と呼ぶ声の出し方をしていたのだから。(中略)マリアはそれを矯正するために、一所懸命訓練を重ねた。……私はこれまでの人生のなかで、あれほど粘り強く、妥協することなく勉強した歌手には、とんとお目にかかったことはない。
出典:「マリア・カラス」ユルゲン・ケスティング著・鳴海史生 訳

誤解されやすいマリアさんでしたが、彼女は他人と戦っていたのではなく、自分と闘っていたのです。
幼少期のマリアさんは、とても窮屈な世界に住んでいました。
後に交際スキャンダルが頻繁に報じられるようになるのですが、マリアさんが追い求めていたものは、子どものころに望んだ、誰かからの純粋な愛なのではないでしょうか。
歌唱による並ならぬ表現力は、マリアさんの心の叫び。
本当の自分を誰かに理解してほしいと、悲鳴をあげていたのかもしれません。

変わったきっかけ
ゼロからのスタートと、条件付きの愛に縋って

ギリシャで名前を売ったマリアさんは、行く当ても仕事の見込みもないアメリカに戻ることを決意。
戦後処理として政府が行っていた、帰国者への貸付金制度を利用して、わずかな身の回り品をそろえて船に乗りました。

同時期、帰国を知った父親と再会を果たし、協力を得ながら劇場での仕事を探すのですが、なかなか役が付かないまま日が過ぎました。

当時のマリアさんは少々ふくよかで、劇場で役を演じて歌うには“イメージ” が異なることが原因でした。
歌に完璧さを求めるマリアさんは、当然自身の体型も気をにしてあらゆるダイエットを試みますが、リバウンドを繰り返していまいます。
コントロールしきれない体型に向けられる視線を、とにかく恐れていました。

それでも、歌を聴いてほしい、歌わせてほしい。
懸命に自分を売り込みに行きますが、YESの3文字を得ることはできず、大きな挫折感を味わいます。

自分は駄目だと思いました。それまでのすべての努力も勉強に費やした年月も、何にもならなかったのですから。
出典:「真実のマリア・カラス」レンツォ・アッレーグリ著/小瀬村幸子 訳

なんとか役を得ても、満足できずにいました。
のびやかに歌えば、表現力は褒められど、発声についてはオペラらしからぬと批判を受けるのですから。

マリアさんは、賞賛と批判を同時に浴びるうちに、心のよりどころをもとめるようになりました。
タイミングよく出会ったのは、マリアさんの最初の夫となるメラギーニさん。
メラギーニさんへの恋愛感情は、歌と比べることができないほど、膨れ上がりました。

日に3通、4通も手紙を出し、返信された手紙に一喜一憂したのです。
でも、メラギーニさんの本心は、マリアさんへの愛だけではありませんでした。
マリアさんを金のなる木だとみていたのです。

彼はマリアさんが幼少期に欲した愛を、マリアさんの歌唱力を売り込むための糧として与えたのです。

恋人としての男性たちは、それまでの彼女の人生において何の役割を果たさなかった。
出典:「マリア・カラス」ユルゲン・ケスティング著・鳴海史生 訳

打算的な愛と呼べる関係は、他者からもそのように見えていました。
それでも、マリアさんは愛のために歌うのです。愛を得て、仕事も得る。望むものを与えてくれる恋人は、メラギーニさんが初めてだったのです。

メラギーニさんは意欲的にマリアさんのマネージメントを行い、スカラ座という大きな舞台へ引き連れましたが、マリアさんに与えたのは華々しいポジションだけではなく、『怒れる歌姫』のイメージも与えました。

マスコミや劇場関係者からみたマリアさん個人の印象は、決してよいものではありませんでした。交渉を有利に進めるため、指示通りに振る舞った影響であると言われています。

舞台をひとつこなせば、バッシングや対人トラブルが報じられ、出る杭は打たれる状態の日々。
マリアさんの活躍を知った母親からは金銭の無心をされ、マリアさんの心の壁は厚くなるばかり。

皆さんは私が一度でも失敗するのを見たがっているようです。ですが私は決して失敗しないでしょうから、そのようなことはあり得ません。私は決して私の敵たちにこの喜びを与えはいたしません。
出典:「真実のマリア・カラス」レンツォ・アッレーグリ著/小瀬村幸子 訳

孤高の歌姫マリアさんの心にあるのは、恋人の存在だけです。
恋人からの愛に対しても、離れていれば不安になり、歌も愛も失いたくない願望が、マリアさんを駆り立てて疲弊させる原因でもありました。

子どものころに諦めた家庭への憧れを手紙に綴り、愛を得るために歌う苦しみが、悲恋を歌わせれば唯一無二と呼ばれる由縁になったのでしょう。

女というのは自分の男のために考え、生き、頼っていることを忘れないで下さい。
出典:「真実のマリア・カラス」レンツォ・アッレーグリ著/小瀬村幸子 訳

どうか愛してください。どうか私の愛の3分の2でもいいから愛してください。
マリアさんは、こんな手紙を残していました。恋は盲目という言葉は、このころのマリアさんによく当てはまる言葉だと思います。
自分勝手で高慢で、気分屋なマリア・カラス。このように激しくバッシング報道をされていた裏側には、熱烈な恋愛劇が隠れていました。
たとえそれが、マリアさんの一方通行だったとしても、一人の男性、人間を愛することにとても純粋で、マリアさんの脆くて弱々しい本質を知ることができます。
どんな才能を持っていても、どれだけ名誉を得ても、愛情は簡単に手に入らない。
素直に愛しています、愛してくださいと、言えますか?
この生き様は、醜いことでしょうか。

(たまさき りこ)

▶▶【後編へ続く】愛をください、愛を歌わせてください。伝説のディーバ、マリア・カラス【後編】
〈 次回は8月20(木)更新予定です 〉

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+
【参考記事】
・「真実のマリア・カラス」レンツォ・アッレーグリ著/小瀬村幸子 訳/星雲社
・「マリア・カラス」 ユルゲン・ケスティング著・鳴海史生 訳/アルファベータ