18歳からの介護生活。フリーアナウンサーとして、福祉や医療を語りたい。町亞聖【後編】

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出典:http://ameblo.jp/machi-asei/

 アナウンサーの町亞聖さん。前編は母の介護と学業を両立させながら、夢を追いかけることの現実問題について見つめました。後半は、なぜ困難を乗り越えられたのか、町さんの発想力からヒントを得ます。

今と、これから
15年の介護から解放されて。両親との死別、そしてフリーとなって羽ばたく新たな日々

介護と仕事の両立を続けていたある日、母の末期がんが発見されます。
 手の施しようがなく、自由の利かない病院よりはと、町さん一家は家庭で最期の日々を過ごすことを決めました。
 介護生活が始まってから10年。母は静かに世を去りました。まだ50歳前という若さでした。

母は、障害者になったこともがんになったことも受け入れ、最期まで笑顔でいてくれた。(中略)支えていたつもりが、母に支えられ励まされていました。「この母のためなら」。そんな思いでいっぱいでした。本当に感謝しています。
出典: http://www.sankeibiz.jp/econome/news/131201/ecb1312010914000-n1.htm

母の死をきっかけにうつ病になってしまった父は、後を追うように数年後亡くなりました。
 18歳からはじまった15年にわたる壮絶な介護生活を終え、町さんは現在、長くつとめた日テレを退社し、フリーアナウンサーとして活動しています。
 局アナとして、そして報道局社会部の記者としてニュース報道に全力を注いだ町さん。社会派の硬いイメージも強いですよね。
 でも最近は親しみやすい番組にも登場しているほか、介護をはじめ福祉や医療に関する幅広い活動を続けています。

今の新しい目標は「介護や病気が語れる社会」を作ることです
出典: https://www.clinico.co.jp/nursing/memory/index.html


町さんは、どんな困難が立ちふさがっても目を背けることがありませんでした。
逆に、伝えることをいつも頭に置いて困難に向き合い、冷静に分析して、今すべきことに取り組んできました。
彼女が持つ最も強い武器は「発想の転換力」。どんなに八方ふさがりに思える場面でも、視点を変えるだけで開くとびらは見つかるものです。
「伝える人になりたい」――その夢を決して手放さず、追いかけ続けたからこそ拓けた今の人生。
町さんの次の目標は結婚だとか。立ちふさがる「壁」をいくつも乗り越えてきた彼女に訪れるのは、今度こそ素敵な恋かもしれません。

(こうのまちこ)

キラリと輝く名言

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▶▶【前編を読む】:介護と学業、仕事の両立。あきらめずに「伝える使命」をつらぬくアナウンサー・町亞聖【前編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+