「いつでも別れられる」!? 不倫の恋と未婚の出産…萬田久子が事実婚を貫いた理由【前編】

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 今回は、女優・タレントとして活躍する萬田久子さんの選んだ不倫の恋と出産、そして「事実婚」というパートナーとの関係性と、彼の若すぎる死、そしてそれでも前を向いて歩き続ける萬田さんの、誇り高い生き方を見つめます。

ワタシのあの頃
ミス・ユニバース日本代表から女優の世界へ。不倫の恋の果てに選んだ未婚の出産

 大阪で生まれ育った萬田さんは、短大在学中、ミス・ユニバース日本代表に選ばれました。じつは高校時代の萬田さんは、ぽっちゃりとした体形だったそうです。
 目標のためにストイックなダイエットを成功させた萬田さんは、スレンダーボディを手に入れました。

 ミス・ユニバース日本代表に選ばれた後、萬田さんは上京。1980年に女優としてデビューします。
 しかし女優としての仕事が波に乗っていた1987年、アパレルブランド社長の佐々木力さんとの不倫の恋が発覚。萬田さんは妊娠しました。
 許されない恋と妊娠でしたが、萬田さんは単身ニューヨークに渡りひっそりと長男を出産します。

後押しはないですよ。すべて『自分』の選択です。
出典:http://numero.jp/culture-20130812-mandahisako/2/

 まるでドラマのような恋に落ち、ひとりで人生の決断をした萬田さん。
自分で道を選び、常にその責任を自身で負ってきた「強さ」は多くの人を惹きつけ、女優としての萬田さんを成功へと導きます。

変わったきっかけ
籍を入れない事実婚を選択。女優として活躍しながらパートナーへ捧げた「内助の功」

 ひとりで出産する決意をした萬田さんですが、佐々木さんは生まれた子を認知します。また妻と離婚し、晴れて萬田さんと結婚できる身の上になりました。
 しかし、萬田さんは「入籍」という選択肢をえらびませんでした。
 佐々木さんと、認知された息子との3人暮らしがスタートしましたが、萬田さんは「事実婚」という関係を貫きます。
 法律上の妻ではなくても、萬田さんの内助の功は大きなものでした。

「かつて佐々木さんの会社が経営に苦しんで低迷したことがありました。そんなときに萬田さんはポケットマネーからポンと8000万円もの大金を出した。さらに“大丈夫。あなたなら乗り切れるから”と声をかけ、精神的にも彼を支えた。」
出典:http://www.news-postseven.com/archives/20110815_28469.html

 大企業の経営者であり、資産家としても知られていた佐々木さん。萬田さんは彼を公私に渡り、長年支え続けてきたのです。
 また、萬田さん自身も佐々木さんの存在に支えられ、女性として常に磨かれ続けてきました。

私の人生は彼がいたからこそ。父であり、男であり、年下のボーイフレンドみたいで。とにかく生きざまがかっこよかった
出典:http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20110815-820493.html

モテる男性だったからこそ、私自身も頑張れたのかもしれません。(中略)お互い切磋琢磨していたかな
出典:http://numero.jp/culture-20130812-mandahisako/2/

 入籍せず、「いつでも別れられる」から続いた関係と萬田さんは振り返ります。
しかし彼女はいつでも多忙な彼を思いやり、パートナーとしてふさわしい存在でいる努力をおこたりませんでした。

「人生って、オセロのよう」
出典:http://numero.jp/culture-20130812-mandahisako/2/

と萬田さんは語ります。
 不倫の恋は美しく魅惑的ですが、世間から向けられる視線は温かいものばかりではありません。
順風満帆な時は笑顔を向ける人も、何かあれば冷たく手のひらを返す……それが人生。
 時に過酷な面を見せる人生から目を逸らすことなく、萬田さんはいつでも凛と胸を張っています。
(こうのまちこ)

▶▶【後編へ続く】:最愛の人からのプロポーズは亡くなる1ヶ月前…萬田久子が事実婚を貫いた理由【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+