「醜いアヒルの子ねって言われたこともある」今こそオードリー・ヘプバーンに学びたい、史上もっとも麗しい女の人生【前編】

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 今回は、世代を超えて愛される大スター、オードリー・ヘプバーンの、恋と仕事、私生活に対する価値観についてみつめます。

ワタシのあの頃
バレリーナを夢見る少女に立ちはだかった、第二次世界大戦という壁

 オードリーさんは、オーストリア・ハンガリー帝国ボヘミア出身の父と、オランダ貴族出身の母のもとに生まれました。
 幼少期に最愛の父が失踪するなど、波瀾万丈な人生の予兆がみられましたが、物心つくころにはバレエに魅了され、懸命にレッスンを受ける日々。
 しかし、オードリーさんが生を受けたのは、1928年のベルギーです。この先、何が起きたと思いますか?
 そう、第二次世界大戦です。くりっとした大きな目の、幼いオードリーさんもまた、戦火におびえながら育ったのです。

父の失踪の次に嫌な思い出は、ある朝母が寝室に入ってきてカーテンを開け、『起きて。戦争が始まったのよ』と言ったことです。
出典:『オードリー リアル・ストーリー』アレクサンダー・ウォーカー著 斎藤静代訳

 生活環境の影響で、英語、フランス語、イタリア語を中心に5か国語を操るオードリーさんは、母と共に戦争から逃れるように暮らしました。
 それも、平穏な生活だったわけではありません。慢性的に栄養が不足し、貧血と呼吸器疾患を患った体に鞭を打ちながら、家計を支えるために名のないバレリーナとして出演をし続けました。

わたしは綺麗じゃない。母から“醜いアヒルの子ね”って言われたこともある。でも、目とか鼻とかすこしはステキなところもあるわ。
出典:『オードリーに魅せられて~サブリナの日々~』マーク・ショウ 著 菊地浩司 監訳

 たまご型の輪郭に、長い首。吸い込まれてしまいそうな大きな瞳と華奢なボディライン。世界中の女性がオードリーさんになりたいと憧れ、世界中の男性が息をのみました。
 “ティファニーで朝食を”“ローマの休日”など、誰もが耳にしたことがある作品ヒロインとして有名ですが、下積み時代は苦悩の日々。自身の体つきに悩んだり、バレエシューズの代わりにスリッパで練習をしたりと、地道な努力があったのです。
 ほの暗い世界情勢の中で耐え忍んできた時代が、女優としての人生に影響したのでしょう。世界がオードリーさんに恋をするまで、あと少し。

変わったきっかけ 
プリマドンナの夢よりも、食べるために舞台の道へ! 出演時間は20秒。いつも自信がなかった新人時代


 成長期に患った呼吸器疾患が原因なのか、舞台上では通りにくい声だと自覚をしていたオードリーさんは、映画の脇役の仕事も増やしていきました。
 大好きなバレエのプリマドンナとして家計を支えるには、ほんの少し背が高かったのです。

わたしの夢はバレリーナになることだった。成功なんて思いもしなかったわ。楽しい仕事と、楽しい日々さえあればそれでいいって思うはず。
出典:『オードリー リアル・ストーリー』アレクサンダー・ウォーカー著 斎藤静代訳

 
 徐々に映画関係者やマスコミから注目を集めるようになりましたが、オードリーさんの胸中には、いつも不安が渦巻いていました。時には戦時中の思い出がよみがえり、たった一言のセリフに感情移入ができず、撮影の進行を遅らせてしまうことも。
 
 でも、無邪気な表情を見せたかと思えば、急に大人びた微笑みを見せる姿に、世間は将来のビックスターだと確信していくのでした。

 後に、フランス人女流作家シドニー=ガブリエル・コレットに見初められてブロードウェイで‟ジジ”を演じ、シアター・ワールド・アワードを受賞。
 翌年はかの有名な“ローマの休日”に主演し、一気にスターの仲間入りを果たします。誰もが知る、オードリーさんの代表作です。
 
 そんな注目株のオードリーさんは、代表作への出演前から公私の権利について主張をしていました。
 仕事でも、私生活でもおごらない性格で多くの人に好かれた秘密。それは筋の通った自己主張によって精神のバランスをコントロールしていたからでしょう。

もちろん私にも、女優として人気が出ればただ演技をしていればいいというわけにはいかない……それもまたその人の人格だ、ということはわかっています。(中略)でも、私たちのプライベートな生活も認められるべきです。ハリウッドではそれは凄まじく、まるで私たちは世界の奴隷です。皆が要求するならすぐにそれに応えなければならない。どんなときであっても、それが映画作りにかかわっていないときでも
出典:『オードリー リアル・ストーリー』アレクサンダー・ウォーカー著 斎藤静代訳

 歌うシーンが別の歌手の吹き替えになると知ったオードリーさんは激怒して、撮影現場から帰ってしまった。自己嫌悪に陥った翌日、スタッフ全員に謝罪をしたというエピソードがあります。でも、その現場では、誰もオードリーさんを咎めなかったそうです。
 役作りのために勉強する姿や、自身をスターだとひけらかすことのない、ストイックな性格を、周囲はよく理解していたからでしょう。
 なぜ世間から評価をされるのか、ずっと疑問と不安を抱き続けたオードリーさんは、絶対的な名声がほしかったのではなく、今日という一日を楽しく過ごしたかったのだと思います。きっと、大女優オードリーではなく、ただのオードリーでいたかったのです。
(たまさき りこ)

▶▶【後編へ続く】:目指すべきは“現実的なロマンチスト”!? 今こそオードリー・ヘプバーンに学びたい、史上もっとも麗しい女の人生【後編】

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昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+