ニコ動で復活! ラスボス・小林幸子に学ぶ、自分の居場所を見つける方法【前編】

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 今回は、歌手・小林幸子さんが事務所トラブルや紅白出場落選などを経て、新たな活躍の場に再登場するまでの道のりを見つめます。

ワタシのあの頃 
10歳で親元離れ、下積み生活。寂しさをこらえ、芸能の姉や兄に囲まれて

 2014年にデビュー50周年を迎えた小林さんのスタートは、9歳の時に出場したモノマネ番組。優勝をきっかけにスカウトをされ、わずか10歳で故郷の新潟を離れ、下積み生活をスタートさせました。
 
 お風呂で歌うことを勧めた父が見出した才能は、プロの心を揺り動かす本物だったのです。
 しかし、遊びたい気持ちや甘えの気持ちも強い年頃。ときには楽屋で先輩に叱られながら、芸能界のルールを身に叩き込んだのでした。

 上京後すぐにヒットが飛ぶわけもなく、ナイトクラブでの収入で家計を支えるなど、貧しさと寂しさに耐えながら歌を学んだ日々。このときのことを、小林さんはこう振り返ります。

9歳といえども自分の言葉には責任を持つ、自分が出した結論を全うするのは当然のこと。ということは自分の「帰りたい、さみしい、家族に会いたい」という自分の気持ちは表に出すべきではないと、10歳の時に封印しました。それからですね、こんなかんじになったのは(笑)。
出典:http://www.diamondblog.jp/provide/interview/sachiko_kobayashi_interview

父は父で、私が歌手になるきっかけを作ったこと、売れない時代が長かったことに責任を感じていたようでした。「幸子、俺のことを恨んでないか」と何度も繰り返して言っていましたね。私、あの時デビューしてトントン拍子で売れていたら今の私ではなかったと思うから、これで良かった。今、幸せですもの。人生は何がきっかけでどうなって行くのかホントにわからないものです。
出典:http://www.diamondblog.jp/provide/interview/sachiko_kobayashi_interview

 小学生時代の小林さんはシビアな考えで自身を奮い立たせ、この強い意志が歌手として大成させたのでしょう。そしてキャリアに媚びない小林さんを、自ら育てていったのです。

私、生きてきた年数、要は年齢はもちろん把握してますけど、それと自分の人生の歴史がイコールだっていう認識をしていないんですよ。やってきた職種は歌手だけ。10歳のときから50年間歌だけを歌っていたので。
出典:http://natalie.mu/music/pp/niconata07/page/4

 長く孤独で厳しい下積み時代を過ごした小林さんは、進路変更をせずにじっとやり遂げました。10代前半から後半にかけて、別の安定した生活を望み叶えることも可能だったはずなのに、石の上に座りじっと、じっと耐えました。
 このころから、紅白出場歌手としての心意気を感じさせますね。
 豪華衣装からメガ幸子と呼ばれるようになるには、まだ時間がかかります。

変わったきっかけ 
ヒット曲『おもいで酒』から紅白連続出場。しかし輝かしい記録に終わりの日がやってきた

 巡業と役者業を並行しながら、やっとの思いでヒットを飛ばしたのは1979年のこと。
『おもいで酒』を皮切りにヒットを連発させ、紅白連続出場記録を伸ばしていきました。
 小林さんといえば、美川憲一さんとの衣装対決が有名ですよね。対決とうたわれますが、美川さんとは「幸ちゃん」、「憲ちゃん」と呼び合う仲です。
 
 このように順調な歌手生活となりましたが、2000年代に入るとトラブルが多発します。
 事務所との契約問題やスタッフとの別れ、CDレーベルとの契約解除、果てには紅白連続出場の際の衣装制作について、当選決定前から制作をしているのは当選確実な確信があるからなのではないかという、懐疑的で批判的な意見を向けられるようになってしまったのです。
 衣装について小林さんは、見ている人が楽しいと思ってくれるから用意している。紅白で着用できなければコンサートで着ますよと発言しています。
 
 小林さんは再び低迷期を迎えますが、この間もファンをとても大切にしており、東日本大震災時には自ら被災地に赴き、物資の支援や歌で勇気づける活動を行いました。
 ところが、献身的な活動とは一転、私的なトラブルが原因となってしまったのでしょうか……2012年の紅白は落選、連続出場の記録が途絶えました。

 でも小林さんは、新たな挑戦を見据えていました。若いネットユーザーを中心に人気を誇る動画配信サイト「ニコニコ動画」への出演です。

★ニコニコ動画への出演はコチラ → 小林幸子「千本桜」
★YouTubeはコチラ → 小林幸子 千本桜歌ってみた
(※いずれも音が出ますので音量にご注意下さい。)

私たちが本気で面白がろうと始めたから、ネットユーザーの皆さんにも面白がってもらえたと思うんです。同じ目線で楽しんでいるから受け入れてもらえたのかもしれないですね。
出典:http://www.diamondblog.jp/provide/interview/sachiko_kobayashi_interview2

 はじめは戸惑いもありましたが、ニコニコ動画は生配信をしたりコメントがタイムリーにアップされるので、テレビの生放送よりも観客が身近なことに気が付いたそうです。
 驚いたのは小林さんだけではありません。普段演歌とあまり馴染みのない世代のユーザーが、一番驚いたことでしょう。これまた動画サイトとは馴染みのなさそうな小林さんが『降臨』したのですから。

お客さんも全然違うから最初は戸惑いましたけど、一方でそれを面白がっている小林幸子が自分の中にいたっていうのが良かったですね。「何でそこまでするんだ」っていう人もたくさんいましたけど、今は一緒になって楽しんでくれています。そういう、何だか分からないけど面白いっていうのが大事な気がします。
出典:http://www.tapthepop.net/extra/5987

 歌手生活50周年を目前にして、演歌界とは別の世界に足を踏み込んだ小林さん。
 長年踏み固めてきた道から少し違う場所に向かうとき、わたしたちは足踏みをしてしまいがちですが、小林さんは「楽しいから」の一言で突き動かされているようです。

 演歌歌手というとちょっぴりお堅いイメージを抱いてしまいますが、小林さんは演歌歌手という括りにとらわれず、純粋に楽しんでもらえるパフォーマンスをめざし、音楽ジャンルの垣根を越えてネットの世界に飛び込んでいきました。歌い方も、リズムも歌詞も、リスナーも違う世界、そこに新たな舞台を見つけたようです。

 ひとつの世界で成功すると、そのときの功績に頼りがちになってしまいがちですが、小林さんは新しいきっかけをすっと受け入れました。それが第二の転機となったのです。(たまさき りこ)

▶▶【後編へ続く】:ボカロにコミケ。ラスボス・小林幸子に学ぶ、自分の居場所を見つける方法【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+