両親の決別、多額の借金…。泥沼でも腐らずに生きてきた杏が求める「家族のかたち」とは【前編】

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 今回は、大きな逆境にもくじけず、前を向いて歩み続けてきた女性、杏さんが「どのようにして活躍の場を広げてきたのか」そして「大切な家族に対しての思い」とは。凛とした姿が印象的な彼女の本心を見つめます。

ワタシのあの頃
裁判を経て両親が決別、多額の借金を抱える母を支えるため、学校を辞め仕事に専念

 父である渡辺謙さんが急性骨髄性白血病を発症したのは、杏さんがまだ3歳のときだったといいます。命にかかわる病気、必死の闘病生活が続きました。その甲斐あって再起を果たしましたが5年後には再発。幸い再復帰したものの、家族にとっても落ち着かない日々が続いたことでしょう。

 さらに杏さんが高校生のときには、自宅が税金滞納で差し押さえ。その原因と言われるのが母親の2億円とも言われる借金でした。そんな中、母親の借金と父親の女性問題で、離婚へ進展。泥沼と言われた裁判は2年続いたとのことです。杏さんが、高校を中退し自身が働き手となることを決心したのは、その頃です。

妹は急に高校を中退してしまいました。借金を返せない要因に学費がある、それなのに
のうのうと学校に行っていたら失礼だ、というのが杏の意見でした。そしてまた妹は、
「男はやはり大学へ行って卒業するべきだ」と、僕には「辞めるな」と言いました。
出典:兄、大さんの言葉(『週刊文春』の記事より)

 杏さんは、どこか人生を達観したような芯の強さを持っているようにも見えますが、もしかしたら、彼女を取り巻く環境がそうさせたのかもしれません。「それでも、兄には大学を卒業して欲しい」という家族を思う気持ち。懐の深さを感じます。

変わったきっかけ
七転び八起きの精神、努力の数だけ成功をおさめる。母親の借金も返済

 裁判では謙さんが勝訴。母親は財産分与を受けられずに離婚をして、多額の借金が残りました。

 自分が母親を守らなければならない。向上心の強い杏さんは、逆境にも負けず19歳のときに単身で海外へ渡ることを決意します。そして誰の助けも借りず、自分の足でコレクションを巡り、ひとつまたひとつと仕事を確実にこなしていったのです。

 2006年には、花の都、ファッションの再先端を行くパリコレクションにも出演。モデルとしてのステータスを手に入れました。

「ちょうどその頃家族がそれぞれ大変だったので、私は自分の力でちゃんとやっていかないといけない、というのがあって・・・。多分当時は“辛い”って感じてたと思います。でも一番嫌だったのは、その状況をネタっぽく話している自分がいたことに気がついて、なんかそこからはもう“絶対に話さないぞ”っていう。自分の悩みとかは言わないようにしようと思って。」
出典:http://rodolfo9999.tumblr.com/post/89707009911

 高校を自分の意思で中退した杏さんですが、学業もおろそかにはしませんでした。みごと大学入学資格検定に合格し、勉強を継続。歴女としても名高い杏さんですが、英語とフランス語も習得したトライリンガルなのです。

「妥協したり、諦めたりするのが怖い。チャレンジするということは、自分が思っている以上のものができるのではないかという期待の現れです。結果的に「できない」という言葉を表に出さない人間になりました。」
出典:http://thisisenglish.jp/

 モデル業と並行して、女優業にも猛進。ミュージカルや映画など多忙な毎日。NHK連ドラ、朝の顔としてヒロインを演じるまで登りつめました。そして、連ドラがはじまる前には、母親の借金も杏さんがすべて返済。

 杏さんが成功し今日があるのは、野心と軒並み外れた行動力だと思えてなりません。素質もあるのでしょうが、単に才能だけでは登りきれない領域です。杏さんと言えば、何でもそつなく器用にこなすイメージがありますが、陰での努力は人一倍なのではないでしょうか。

 そしてstep by step、ひとつの仕事が評価され次のステージへ。人生の階段を丁寧に上がる杏さんだからこそ、運も味方をしてくれるのかもしれません。(EKKO)

▶▶【後編へ続く】:最愛のパートナーと新たな出発。泥沼でも腐らずに生きてきた杏が求める「家族のかたち」とは【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+