「りえブーム」再来! 2度目の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞・宮沢りえ、復活のワケ【前編】

このエントリーをはてなブックマークに追加

 第38回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞おめでとうございます! 12年ぶり2度目の受賞となる宮沢りえさん。波乱の人生をおくりながらも「試練はごほうび」とサラッと言える強さの秘密にせまります。

ワタシのあの頃
11歳で芸能界デビュー。りえママとともにトップアイドルに上りつめる

 りえさんは日本人の母親とオランダ人の父親を持つハーフ。母親はりえさんを産んだあと、単身オランダへ行ってしまいます。幼少期は親戚に育てられますが、母親が離婚後、帰国してりえさんを引き取ります。そこで友人のすすめもあり、モデルの仕事を始めます。

 ブレークのきっかけとなったのは「三井のリハウス」のCM。ふんどしカレンダーなど人気絶頂だった18歳ではヘアヌード写真集を出版します。仕掛け人は母親でマネージャーも務める“りえママ”。「Santa Fe(サンタフェ)」は155万部のベストセラーとなり、日本における芸能人写真集の売上としては最高部数で、いまだに破られていません。

 “一卵性母子”とよばれるほど固い絆で結ばれていたふたり。
どんなに有名になってもサービス精神旺盛で人に対する優しさを忘れなかったりえさんですが、実の父親の顔を知らず、母ひとり子ひとりで育ったりえさんにとって母親は絶対的存在だったのでしょう。
どんな母親であろうともりえさんにとっては世界でたったひとりのお母さんなのです。

変わったきっかけ
芸能活動休業中の母断ちによって本当の“自分の”人生が始まる。

 母親にプライベートも干渉され、婚約解消、自殺未遂、拒食症など波乱の人生をおくっていたと言われているりえさん。一時期、仕事を休養し母親と離れてアメリカで生活します。後のりえさんは振り返ってこう言います。

ダウンはします。「ダウンしていない!」ってやってると、あとでクラクラっとくるから。「ダウンしましたー!」というときは、ちゃんとダウンして、それで手当をして、それから立ち直ろうじゃないか。というところがあります。
出典:http://www.1101.com/rie2014/2014-11-06.html

わたし、試練はごほうびだと思ってるんです。(中略)苦難は経験したくないかもしれないけれど、じゃあ、まったく経験しないで50歳になったひとと、経験して50歳になったひととだったら、おもしろい話ができるのは、やっぱり・・・。(中略)「知っている」ということ。苦しみとか悲しみを知っている人のほうが、豊かな気がするんです。
出典:http://www.1101.com/rie2014/2014-11-05.html

 その後復帰し、演技が評価されたのは、2001年にモスクワ国際映画祭で主演女優賞を受賞した香港映画「華の愛―遊園驚夢―」。そして2003年には「たそがれ清兵衛」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞します。
プライベートでは2009年に妊娠。子どもが生まれてから苦難に対して柔軟になったというりえさん。

だって、思い通りにいかないことだらけじゃないですか、こどもって。ここに座ってなさいと言われて1時間おとなしく座っているこどもはいない。すると、「なぜ座らないか」とか「どうしたら座ってくれるか」を考える。お母さんでいることはとってもクリエイティブな気がします。
出典:http://www.1101.com/rie2014/2014-11-07.html

 試練はごほうび。普通なら、なかなか言えることではありませんが、りえさんの場合は、置かれている立場を客観視し、受け入れることで自分を作り出しているように思います。
 自身が母親になったことでも真の自立となったのではないでしょうか。
(北田江美)

▶▶【後編へ続く】:「若い人からどんどん吸収!」2度目の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞・宮沢りえ、復活のワケ【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+