「全力で守りたい!」夫を愛妻家に育てた漫画家・安野モヨコの麗しい“感度”【前編】

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 今回は、『ハッピーマニア』で知られる大人気漫画家・安野モヨコさんの、『働きマン』のような激務から一転して休養、そして新連載を始動した今と、彼女を支え続ける夫で世界の巨匠・庵野監督の夫婦愛の形を見つめます。

ワタシのあの頃
『東京番外地』で育った少女。一家の生計を背負ってスタートした漫画家への道

 安野さんは、東京郊外の都市で育ちました。家庭はあまり裕福とはいえず、団地の一室が彼女の「故郷」でした。

デビューしてから何年もの間、家族と同居しながら漫画を描き、一家の家計を1人で支えていたという。
出典:「情熱大陸」TBS 2004年2月22日放送

つらい過去の呪縛と常に向き合わなきゃいけないし、家族を養わなきゃいけない現実から逃げ出すことも出来なかった。
出典:http://news.livedoor.com/article/detail/7919665/

 彼女は、1989年に漫画が『別冊少女フレンドDXジュリエット』に掲載され、デビューを果たします。まだ高校在学中のことでした。
 高校卒業後、本格的に漫画家としての活動を開始します。しかしデビュー後数年は漫画がまったく売れず、天才として名高い少女漫画家・岡崎京子のアシスタントをしていました。

 安野さんは自らの自伝的漫画『東京番外地』を、現在休載しています。コンプレックスや実体験に向き合いながら漫画を描いてきた彼女の原点には、一体なにがあったのでしょうか。

変わったきっかけ
『ハッピーマニア』が大ブレイク。駆け登る人気漫画家への道と、庵野秀明監督との結婚

 天才漫画家のもとでアシスタントをしながら漫画を描きつづけた1995年、『ハッピーマニア』が大ブレイク。
 その後も『美人画報』や『働きマン』『シュガシュガルーン』とヒットを飛ばし、吉原の遊郭を描いた『さくらん』は、2007年に蜷川実花監督により映画化されました。
 そんな頃、業界で「Wアンノ」と並び称され、社会現象にまでなったエヴァンゲリオンの庵野秀明監督と結婚します。

 極度のオタク、そしてベジタリアンとして知られる庵野監督は、それまでつき合った男性とは全く異なり、安野さんが自分を飾りたてる必要のない人でした。

漫画浸りな自分に自分でダメ出ししてたんだと思う。カントクはそのへん気負いがなくて、そういうことを全く隠そうとしない。
出典:http://www.shodensha.co.jp/fy/special/0502anno.php

 休む間もなく描きつづけていたこの頃、安野さんの仕事に対する姿勢は真摯で厳しいものでした。また、ストイックに自分を磨き、それがモチベーションにつながっていました。
 漫画を描く毎日でも化粧とオシャレに手を抜かず、仕事場では10センチのピンヒールをはく。そこには「自分は美人ではない」という冷静な自己分析が常にあります。

「漫画を描くことで自分が鍛えられていて、なんか普通の人として生きていけるんだと思う。」
出典:「情熱大陸」TBS 2004年2月22日放送

 その暮らしは満ち足りてはいないからこそ、超えてゆく幸せを感じるものだと語っています。
(こうのまちこ)

▶▶【後編へ続く】:「妻のありのままを受けとめる」夫を愛妻家に育てた漫画家・安野モヨコの麗しい“感度”【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+