「女らしさは自分で決める!」イタリア文学者、須賀敦子の「結婚だけを目標にしない人生」とは【前編】

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 今回は、イタリア文学翻訳者であり、イタリアでの日々を回想したエッセイで、衝撃のデビューを飾った須賀敦子さんの、「自分が進むべき道」を追い求めた生き方を見つめます。

ワタシのあの頃
本の魅力に気づいた少女時代。親の反対を押し切っての大学進学と海外留学。親が望む結婚よりも学問を続けていきたい

 須賀さんは1929年(昭和4年)兵庫県に生まれ、六甲の豊かな自然中で、のびのびと幼少期を過ごしました。
 9歳のとき、父の転勤で東京へ引っ越し、その頃から本の魅力にのめり込むようになりました。「勉強をせっせと怠けて本を読み、その本の内容をまた、せっせと現実に運びこんでは、ひたすらぼんやりと暮らすよう」な少女でした。
 その後、両親の反対を押し切り、聖心女子大学へ進学。さらに慶応義塾大学大学院へ進みました。

東京で大学院にいたころ、ふたりの女ともだちと毎日のように話しあった。ひとりは経済学を、もうひとりは哲学を専攻していたが、私たちの話題は、勉強のことをのぞくとほとんどいつもおなじで、女が女らしさや人格を犠牲にしないで学問をつづけていくには、あるいは結婚だけを目標にしないで社会で生きていくには、いったいどうすればいいのかということに行きついた。
出典:『ヴェネツィアの宿』須賀敦子 著[文藝春秋]

 大学院で学問を続けながらも、納得した生き方をしていない自分を歯がゆく思う日々が続きます。また、「遠くの土地にあこがれつづけている漂泊ずきの私」が、一歩を踏み出すならば、今ではないの? と問いかけてきます。まだ若く快活で聡明な須賀さんは、大学院を中退し、フランスへ留学することを決めました。

自分がそのために生まれてきたと思える生き方を、他をかえりみないで、徹底的に追求するということではないか。
出典:『遠い朝の本たち』須賀敦子 著[筑摩書房]

 まだ、女性が学問を続けるのは珍しい時代、特に両家の子女ならば、学問よりも両親が望む結婚をするのが一般的だったはずです。女性の生き方に、まだほんのひとにぎりの選択肢しかない時代に人と違った生きた方をするのは、勇気がいることだったと思います。
 しかし、ここで、はっとしました。須賀さんの時代の女性たちが、一度は立ち止まって考えた、「女らしさ」「仕事」「結婚」、この3つのキーワードは、今を生きるわたしたちにとっても、いまだにまとわりつき、頭の中をぐるぐると巡っている悩みなのではないのかと。

変わったきっかけ
ヨーロッパの中でのさまざまな葛藤、そして寂しさや孤独。すべてが血となり肉となった

 フランスから帰国後、放送局での職に就きましたが、まだ「自分がそのために生まれてきたと思える生き方」は、見つけられないでいました。そんな中、ローマからの奨学金の話が舞い込みます。
 結婚のプレッシャーをかけてくる両親から逃れたいこともあり、迷わずローマへの留学を決めます。

 ヨーロッパの中で、文化の違い、個人主義への理解に苦しむこともありました。そんな姿を見た学生寮の修道女は、「ヨーロッパにいることで、きっとあなたのなかの日本は育ちつづけると思う。あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ。」と須賀さんを勇気づけました。
 のちに須賀さんは、「自分の背後にある日本の文学を知ってほしい」という思いが強くなり、谷崎潤一郎や川端康成などの日本文学を、イタリア語へ翻訳する仕事をはじめます。「須賀さんのなかの日本」は確実に育っていったのでしょう。

自分で道をつくっていくのでなかったら、なんにもならない。
出典:『ヴェネツィアの宿』須賀敦子 著[文藝春秋]

 その後、ローマからミラノへ移り、カトリック左派の拠点で、知識人の集いの場でもあったコルシア・デイ・セルヴィ書店と関わるようになります。そこで、3歳年上のジュゼッペ(ペッピーノ)・リッカ氏と出会い結婚。家族の反対を押し切っての結婚でした。
 しかし、間もなくして、夫ペッピーノが病気で急逝してしまいます。わずか5年の結婚生活でした。夫の死後も須賀さんはミラノに留まり、翻訳の仕事を続けます。

日々を共有するよろこびが大きければ大きいほど、なにかそれが現実ではないように思え、自分は早晩彼を失うことになるのではないかという一見理由のない不安がずっと私のなかにわだかまりつづけていて、それが思ってもいないときにひょいとあたまをもたげることがあった。
出典:『ヴェネツィアの宿』須賀敦子 著[文藝春秋]

 自分の思った通りの人生を選んでいく、というのは、自分の人生で起こったことは、すべて自分で責任を負う、という覚悟をすることなのでしょう。
 須賀さんは、「自分のカード」をごまかさず、寂しさも孤独も、すべて引き受けてきたのだと思います。

(永倉佳代子)

▶▶【後編へ続く】:「なんのために生まれてきた?」イタリア文学者、須賀敦子の「結婚だけを目標にしない人生」とは【後編】

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+