ひかえめが美徳の時代はもう終わり! ミス・ユニバース宮崎京がアピール下手な女子へ捧ぐ世界のスタンダード

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 2003年ミス・ユニバース日本代表として世界大会5位入賞を果たした宮崎京さん。現在はモデルだけでなく女優、トレーナー、海外でのボランティアと活動の場を広げている彼女の、「美の秘訣」とポジティブな生き方を見つめます。

ワタシのあの頃
大学の時、地元熊本のパルコで開かれたファッションショーがすべての始まり

 それは大学2年のとき。宮崎さんは、地元熊本のパルコで開かれたファッションショーに、「背が高いから」と先輩に勧められ一般モデルとして参加しました。それが福岡のモデル事務所の目に留まりスカウトされたのです。

頭のてっぺんから足のつま先まで“売り物”を身にまとい、自分を通してその魅力をアピールするモデルという仕事は「自分だけど自分じゃない不思議な感じ」がして面白く、どんどん魅せられていった。
出典:http://thekopernik.blogspot.jp/2010/11/blog-post_16.html

「学業を一番に」という両親との約束通り、大学もきちんと卒業。モデルの仕事は、その頃までアルバイト感覚でした。けれども24歳の誕生日目前に宮崎さんは一大決心をします。モデル業に本腰をいれるために上京したのです。

 そこから激流に呑まれるように意外なことが起きました。事務所から「ミス・ユニバース・ジャパン2003」にエントリーするよう指示されたのです。宮崎さんは、“モデルをやるために東京に来たのに、なぜミスコンに?”と悩みました。

モデルであれば主役は売り物で、自分の役目はその引き立て役。「自分だけど自分じゃない」からこそ、(中略)緊張しなかった。しかし、ミス・ユニバース・ジャパンの選考では(中略)、“宮崎京”という人間をいかにアピールするかが問われる。
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 望んでいたわけでもなく、自分が日本代表に選ばれるなんて思ってもいなかった宮崎さん。最終選考が終わったら熊本から見にきてくれていたお母さんを、東京見物に案内する約束までしていました。

世界大会への出場が決まった時も、まず「お母さんを案内してあげられなくなって困ったなあ」ということが心に浮かび、次の瞬間、初めて緊張した。
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 ミス・ユニバース・ジャパンの選考では「知性」、「感性」、「人間性」、「内面」、「自信」の5つが問われ、自分という人間をいかにアピールするかが大切になります。もともと素の自分を出すのが苦手だったからこそ、“自分だけど自分じゃない”姿になれるモデルを志した宮崎さん。でもそんな彼女を待っていたのは、何よりも自分自身と向き合い、自己主張が求められるステージだったのです。

変わったきっかけ
見事、世界5位。ミス・ユニバースの務めを果たそうと社会貢献の機会を探し始める

 世界大会までの3週間はパナマのホテルで毎日厳しいレッスンが行われました。海外の代表者との交流はカルチャーショックの連続。黙っているとステージでのポジションさえ奪われてしまう……そんな中、いつのまにか宮崎さんの意識も変わってきました。
 各国の代表者たちは名前の代わりに、「USA」、「CHINA」というようにそれぞれの国名で呼ばれます。宮崎さんも「JAPAN」と呼ばれるたびに自然に”私は日本を背負っている”という意識を持つようになったといいます。

「ここで私が頑張らないと、日本の女の子はみんなおとなしくて主張しないと思われてしまう」(中略)「自分の思いや権利を言葉で伝える大切さを自覚した瞬間でした」(後略)
出典:http://thekopernik.blogspot.jp/2010/11/blog-post_16.html

 見事、世界5位。30年振りの日本人入賞という快挙を果たした宮崎さんは、「すべての女性の基準となるオピニオンリーダーの創造」というミス・ユニバースの務めを果たそうと、社会貢献の機会を探し始め、国連UNHCR協会の協力委員に就任し、ボランティア活動へ活動の幅を広げていきます。

 2004年にはタイとミャンマーの国境近くにある難民キャンプを訪問。生活環境が整っていない中、懸命に生きる女性たちや、キャンプ以外の世界を知らない子どもたちについて、講演会で話すことも体験しました。

「“ミス・ユニバース・ジャパン”や“世界5位入賞”という肩書きが多くの人々にメッセージを届けるきっかけになるのなら、それも大いに活用したい」
出典:http://thekopernik.blogspot.jp/2010/11/blog-post_16.html

「私はこんなに素晴らしい!」、ということをアピールするのは日本人には苦手なことでしょう。それには、裏付けるための“心と体の美しさ”、“知識と教養”に加え、自分なりの意志と意見が必要です。当初の宮崎さんは、姿カタチに恵まれていても、それが欠けていました。
 “自分じゃないモデル”なら堂々とできると思っていた少女が、世界のステージに立ったことで大変身を遂げました。宮崎さんは、自覚を持つと共に、すべてのものに対して自分の意見を持ち、言葉で伝え、行動することができるようになっていったのです。

今と、これから
30代。カラダの変化は気づきのチャンス。忙しいときこそ動いて、心と体にポジティブに向き合う

 現在、宮崎さんはモデル、女優、未来のミス・ユニバースたちのトレーナー、そしてボランティア活動と忙しい日々を送っています。

30代になって(中略)疲れやすくなったし、回復も遅くなりました。(中略)忙しい時こそ、動いて身体を好循環にキープすることを大切にしています。
出典:http://i-voce.jp/topics/special/64743/66115/DFS03_140917.html

 加齢とともに肉体が衰えるのは誰も同じこと。だからといって活動を制限して内にこもるのではなく、精力的に動くことで、心と体の両方に筋肉をつけることを意識しているといいます。

 宮崎さんは、ポジティブなエネルギーが美しさの源であることを、著書や講演会を通じて多くの女性に伝えています。

いつまでも、キラキラ輝いていたい?(中略)だったらまずは、そんな自分を思い描くことが大事。それから心、カラダと向き合うこと。
出典:http://onnamigaki.net/specialist_6.html

 たとえば、アジア人は欧米人に比べると小柄だけれど、それを羨ましがる外国人もいる……コンプレックスだって素敵に変えられると宮崎さんは言います。

ないものねだりではなく、持っているものを存分に輝かせる“見せ方”を学ぶことがポイントだと思います。(中略)おじけづかずに堂々とアピールしていくことが重要!ひかえめなのは美徳ではなく、自信のなさの表れとみられてしまいます。
出典:http://i-voce.jp/topics/special/64743/66115/DFS03_140917.html

カラダの変化を感じる年頃になりました。でもそれって実は、あらたな気づきのチャンスでもあるんです。20代の頃とはもちろん違うけど、心は強くたくましく、自分自身を守れるカラダになったような気がして。
出典:http://onnamigaki.net/specialist_6.html

自分でできることでいえることは、無理をしない、ということ。(中略)無理してやっていても続かないし、よい結果にはなりません。人付き合いでもなんでも、自分が楽しいと思えることに素直に身をゆだねて努力することです。
出典:http://i-voce.jp/topics/special/64743/66115/DFS03_140917.html

 アンチエイジングを考えるとき、ともすると顔やカラダなど目に見える若さ、美しさだけを求めてしまいがちですが、彼女の生き方を見ていると、心の問題が欠かせないように思えます。
 ポジティブな思考を持つこと、衰えていく部分も含めて丸ごとの自分を受け入れ、堂々と生かしていく……だからこそ彼女は今も美しく輝いているのでしょう。
 背筋を伸ばして真っ直ぐ立つことは、モデルだけではなく、すべての女性が自信と勇気を持って輝くための第一歩なのかもしれません。
(mami)

キラリと輝く名言

自分のカラダを愛しく思う私が、いまここにいる

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+