3児の母であり『鋼の錬金術師』の生みの親。漫画家・荒川弘に学ぶ、困難をも“倍”のエネルギーに変える錬金術

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 今回は、少年漫画家荒川弘さんの、酪農家としてのシビアな目線と、大きなことをやり遂げるための心構えを見つめます。

ワタシのあの頃 
「命を生み出し育て、消費する」までの過酷な現場が、荒川さんの漫画作品に強く影響

 誰でも一度は書店やテレビCMなどで、荒川弘さんの名を目にしたことがあるのではないでしょうか。ぱっと耳にする名前の響きは男性と思われがちですが、荒川さんは北海道出身の「女性」です。
 広大な敷地で酪農と畑作を営む家庭に生まれ、荒川さんも家業に携わりながら、漫画を描き続けていました。

 そんな荒川さんの代表作『鋼の錬金術師』の連載が開始されたのは2001年のこと。
 10代半ばの兄弟の成長や、民族紛争をモチーフにした内乱、民主化を掲げての軍部内クーデターなど、複雑で重たいテーマが折り重なる、人気ダークファンタジーを描くにあたり、どうしても避けては通れない「キャラクターの死」について、荒川さんは独自の視点を語っています。

家畜に対しては、最初から小さく容れ物を決めている感じですね。容れ物を大きくすると自分がしんどいから。
出典:『ユリイカ』2010年12月号 特集=荒川弘[青土社]魂を受け容れるもの -一夜漬けに始まる少年マンガの骨法内より抜粋

 酪農の場と同じように、はじめから送り出すものとして、あまり感情を入れないようにする。そうでないと、生みの親、育ての親として心苦しいから。
 こうした堅い見方とは裏腹に、おおらかな物言いが温厚な性格を表しています。

「バーッってやってピャーってやってダーッってやればいいんだよ」
出典:http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1202/24/news041.html

 漫画家として自立するまで順調なように思えるけれど、プロとして完成度の高い原稿を決められた期日までに仕上げたり、読者の声をダイレクトに耳にしたりするというプレッシャーが、連載開始と同時にのしかかる。そんなふうに、作品世界観の維持のためにたくさんの資料を読み込んだという荒川さんの心境は、寝ても覚めても仕事のことばかりだったのではないでしょうか。
 作品をつくり上げるために、何を犠牲にしたのでしょうか。

変わったきっかけ 
酪農やっていてよかった! 月刊誌連載中の妊娠、出産。一度も筆を止めないパワフルさ

 アニメ化、ゲーム化、映画化と作品がどんどん大きく広がる中、荒川さんの家族は増えることになりました。
 なんと、連載中一度も休載せずに持ち前の前向きな思考で出産。ご自身の出産でさえも、実家の酪農の現場で見てきた牛の出産にたとえてしまう強さに驚くばかりです。初めての育児も乗り切り、パワフルな母としての心構えを作品にプラスされていくのでした。

「15歳になったら自分の漫画を読ませて絶対面白いと言わせてやる」
出典:http://ja.wikipedia.org/wiki/荒川弘

大人はやっぱり強くいてほしいんですよ。子供たちがいつか行く場所じゃないですか。 そこがグダグダだと、子供は嫌なはずなので。
出典:http://spi-net.jp/special/monthly_taidan/index2.html

 始めから物語の終結を決めていたお話も、キャラクター自身が成長していき、少しずつ違った形を見せながらも2010年完結。生み出した漫画キャラクターとともに、少年漫画の一大ブームを支えました。
 キャラクターが経験し乗り越えた困難は、私たちのまわりでも繰り返されているはずです。

いい困難と、取り返しのつかない困難とがある(中略) 意外としょぼかった、と。「あっ、簡単に越えられたわ」とか。
出典:http://spi-net.jp/special/monthly_taidan/index4.html

 そのときには困難と思えたことも、振り返ればたいしたことない。歩き続けるための土台となっているのだというメッセージが、作中にちりばめられているのでした。

 連載のために睡眠を削る、自分の時間を削る。肉体的に苦しい時期も、そうやって、与えられた困難をエネルギーに変えてしまうのですね。
 「鋼の錬金術師」の作中に、等価交換というキーワードがあります。これは、何かを得るには同等のものが必要だという意味です。
 荒川さんは、何かを得ると、倍にしてしまう錬金術師なのでしょう。

今と、これから 
深みのあるセリフに心震える。少年少女だけでなく、大人に読んでほしい作品たち


 酪農と青少年の成長録 人と自然のかかわりを描いた『銀の匙 Silver Spoon』の連載や、『アルスラーン戦記』のコミカライズ版の連載と、ますます精力的な荒川さん。
 
 『銀の匙 Silver Spoon』では、動物と携わるうえで目をそらすことのできない、「死」と向き合うシーンが描かれます。そこには、実体験で感じた葛藤などが盛り込まれていて、人が生きるために消費することとは何かを考えさせられます。

豊かさと聞いてパッと頭に浮かんだのは、「テーブルを囲んでみんなでご飯を食べているところ」だったんですね。
出典:http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1202/24/news041.html

 厳しい現実も、どこかで妥協して受け容れる。豊かさの裏にあるものを、大人こそ知るべきなのかもしれません。
 誰かが豊かである時に、別の誰かは貧しさにあえいでいる。そんな世界の現状にも、荒川さんは言及しています。

いま地球全体のことを考えようよというのは、地球の反対側にいる人に対しても容れ物を大きくしようよということですよね。
出典:『ユリイカ』2010年12月号 特集=荒川弘[青土社]魂を受け容れるもの -一夜漬けに始まる少年マンガの骨法内より抜粋

 
 強くて人より優れているキャラクターも、どこか脆い。人間的に未熟で、ひとりよがりで、意地っ張りで−−。
 荒川さんの生み出すキャラクターは、荒川さんの代弁者でもあり、わたしたちによく似た人間臭さがあります。
 そんな彼らの成長記を読み進めるうちに、自分の軌跡を振り返って思うのです。自分は大きな世界の一部で、世界なくして自分は存在しないのだと。
 つまり、人はひとりでは生きていけない。何かとかかわりあって生きているんだと。

(たまさき りこ)

キラリと輝く名言

大人はやっぱり強くいてほしいんですよ。子供たちがいつか行く場所じゃないですか。 そこがグダグダだと、子供は嫌なはずなので。

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+