「決して自分一人では、夢を叶えられませんでした」元宇宙飛行士・山崎直子

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 今回は、数々のトラブルを受け入れながら宇宙へ飛び立ち、現在も家族の理解を得て、「誰もが宇宙へ飛べる世界」のために歩き続ける、元宇宙飛行士・山崎直子さんの「目標達成」への覚悟について見つめます。

ワタシのあの頃
宇宙はすごいなあ。純粋な感動が、宇宙の深みへ誘った

 山崎さんは幼少期に観たプラネタリウムや、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」などの影響を受けて、宇宙に関心を向けるようになりました。宇宙飛行士の存在を知ったのは中学校3年生の時、1986年に発生した、スペース・シャトルチャレンジャー号爆発事故のニュースがきっかけだったそうです。

 教師になることにあこがれていた時期もありましたが、興味のあった宇宙と、宇宙飛行士という仕事が山崎さんの中で繋がり、その後は宇宙に関わる仕事を目指すようになりました。

「大人になったらみんな宇宙に行けるんだろうな」と素朴に思っていました。
出典:http://www.jaxa.jp/

 大学卒業後は、宇宙開発事業団へ入社。それだけでも狭き門なのに、なんと宇宙飛行士試験を二度の挑戦で合格。厳しい訓練が待つ、忍耐の生活が幕を開けたのです。

 スペース・シャトルチャレンジャー号の爆発事故は、打ち上げから僅か73秒後に発生、搭乗員7人全員が死亡するという大惨事でした。アニメのように「誰でも簡単に行ける宇宙」から、「命懸けで行く宇宙」へと認識が変わったことでしょうね。この時から、宇宙へ飛び立つことすら容易ではない、先の見えない日々が待っていることを、覚悟していたのかもしれません。

変わったきっかけ
ゴールはどこか。先の見えない11年の訓練と、私生活の窮地

 山崎大地さんと結婚をしてから間もなくのこと。2001年2月1日、スペース・シャトルコロンビア号爆発事故が発生し、その後アメリカでの打ち上げ計画は白紙となってしまいました。産後すぐに訓練復帰をした山崎さんでしたが、アメリカにいても訓練ができない事態に追い込まれたのです。それでも山崎さんは、困惑しながらも現実と向き合い、可愛い盛りの幼い長女を大地さんに預け、単身ロシアへ渡ることを決めたのでした。

 トラブルをひとつ解決したと安堵するのも束の間、山崎さん一家にさらなる追い打ちが……。渡米してきた大地さんに就労ビザが認められず、大地さんは仕事ができないことから、大きな挫折感に苛まれてしまうのでした。一進一退の、苦しい日々。それでも山崎さんは、支えてくれる家族を裏切りたくないと、夢に向かうことを決めたのです。

ママさん宇宙飛行士という言葉は、あまり好きではありません。(中略)いろいろな人の力があったから、やってこられたわけです。
出典:http://toyokeizai.net/

 困難に見舞われながらも、訓練開始から11年後、ついに山崎さんはスペース・シャトルディスカバリー号に搭乗し、宇宙でのミッションを達成。そして帰還後、ひとつの夢を実現したタイミングで選択したのは、家族としての形を変え、それぞれの夢を追うことでした。

 でも、山崎さんが夢を追い続けるためには、今まで以上の人や保育施設に、援助を求めなければなりませんでした。この時山崎さんは、二人のお子さんを含め、支えてくれる周囲の人々への感謝の気持ちは、行動であらわすしかないと、さらに自身を奮い立たせたのです。

心掛けていたのは「宇宙に行く」という目的を忘れないこと。私が目標を見失ったら、周りにいるほかの人も余計、迷ってしまう。
出典:http://toyokeizai.net/

 山崎さんが宇宙飛行士としてミッションに参加するためには、訓練を中断するわけにはいきませんでした。留守の間、家族に負担をかけてしまった、お子さんに寂しい思いをさせてしまったのではないか、などの自責の念があったからこそ、中途半端に夢を諦めて立ち止まってはいけないという、自分へ厳しい課題を与えたのだろうなと感じました。そして母としての責任感が、支えになったのでしょう。

今と、これから
もっと多くの人が宇宙を体感できるように! 身近な人の支えを大きな夢に変えて

決して一人では飛べない宇宙に思いを馳せて。元宇宙飛行士・山崎直子

 家庭と仕事の両立のため、山崎さんは2011年8月に引退を決めました。地球にいながらも、宇宙と繋がりを持つことはできると信じ、今度は日本からの有人宇宙船打ち上げを志したのです。

宇宙飛行士という言葉自体がかわり、宇宙へ飛行するだけでなく宇宙で何をするかが重要になってくると思います。
出典:http://www.jaxa.jp/

 2012年に宇宙政策委員会の委員に就任し、2014年現在では、女子美術大学客員教授として活躍されています。

 パワフルな母を信じ、応援していた小さな家族の理解は、こんなところに表れました。学校に通うようになったお子さんが描いた、将来の夢の絵。そこには宇宙飛行士の姿があったそうです。

 宇宙で体験したことを、もっと多くの人ができるようにしたい、誰もが宇宙と地球の密な関係を体感できるようにしたいと、宇宙のように壮大な夢を、山崎さんは追い続けるのです。

自分自身の反省も込めてですが、自分の夢と、ほかの人の夢を応援することと、どちらも大事だと思うんですね。
出典:http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=55429

 目的意識をしっかりと持ち、自分と周囲の状況をよく見極めてから大きな選択をする。きっとその潔さが、山崎さんの強みでしょう。そして、ただ支えられるだけではなくて、支えられているぶん夢を実現させようという懸命さが、支えの手を増やしていく。山崎さんが一歩ずつ、着実に夢を実現させることで、多くの人が気付くのです。

 「特別な誰かにしか出来ないこと」はない、誰もが目的意識を持つことで、大きな夢へ近づけるのだと。
(たまさきりこ)

キラリと輝く名言

すべての出来事には意味がある。そこに意味を見出し、価値を決めるのは自分です。

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+

【参考記事】
山崎直子 初めての宇宙飛行に向けて~子どもに宇宙の素晴らしさを伝えたい~
新世代リーダー 山崎直子 元JAXA宇宙飛行士 “宇宙ママ”、ゴールの見えない日々の越え方
元宇宙飛行士・山崎直子さんインタビュー全文(5)多くの人が宇宙に行ければ
大願を追い続けた「なんとかなるさ」の11年 -宇宙飛行士・山崎直子氏
山崎直子 Wikipedia