20世紀のシンデレラ、グレース・ケリー。「世間の自分」と「本当の自分」との間で揺れた心と信念

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 今回は、10月18日より後悔の映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』の主人公、グレース・ケリーの様々な葛藤、そして彼女の生きざまを見つめます。

ワタシのあの頃 
父に認められず、寂しい日々…オスカーを受賞しても、結婚しても、待っていたの孤独

 1929年、アメリカのペンシルバニアで誕生したグレース・ケリー。小さいころから演技に興味をもち、高校卒業後に女優を目指しニューヨークへ。22歳で銀幕デビューを果たし、巨匠ヒッチコックのお気に入り女優として数々の映画に出演しました。気品に満ちた振る舞いが「クール・ビューティー」と称賛されました。

 そして、25歳のときに出演した『喝采』でアカデミー賞女優賞を受賞。しかし……

オスカーを受賞した日、それは私の人生の中で一番さびしい時間でした。
引用:『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)

とグレースは後に話しています。授賞式当日、喜びを分かち合える人が周りにいなかったのです。

 そんな中、前年にカンヌで出会ったモナコ大公レーニエ3世と恋に落ち、1年の時を経て結婚。公妃となるため、女優としての華々しいキャリアをすべて捨てました。この結婚は、世紀のロイヤルウェディングとして、世界9か国で放映されました。

私は女優に挑戦したように、結婚にも挑戦したのです。
引用:『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)

 その後、幸せな結婚生活が始まるかと思いきや、レーニエ公中心となった生活になかなか慣れることができません。また、宮殿には「アメリカ人」に対する偏見がはびこっており、宮殿のしきたりをちゃんと教えてもらえなかったそうです。フランス語の話せないグレースは公の場にあまり姿を見せず、次第に宮殿に引きこもるように。国民の公妃への不満は高まっていきました。

私の人生は『おとぎ話のようだ』とよく言われるけど、それ自体が『おとぎ話』だわ
引用:『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)

 輝かしいキャリアを持ちつつも、どこか自分に自信が持てなかったグレース。その裏には、最も認めてほしい父から認めてもらえない……というコンプレックスがありました。「あの子は、うちの娘なんかじゃない」と否定されたこともあったそうです。レーニエ公と結婚した理由の一つには、父親に「自分がモナコ公妃となれば、父親が喜んでくれるのでは」という想いもあったのでは、と言われています。
 
 そして、結婚後は公務が忙しい夫とのすれ違いの生活、そして、アメリカ人のグレース対する偏見。グレースの華麗なる転身に『おとぎ話のようだ』と世界中の女性が憧れましたが、一方でグレースの心は意固地になり、心の渇きは癒されることはありませんでした。

変わったきっかけ 
モナコ最大の危機。女優復帰のオファー に心が揺れるが、「愛」を守り抜くことを決意

 その後、2人の子供に恵まれたグレース。32歳のとき、ヒッチコックより映画『マーニー』の主演のオファーが届きます。寂しい結婚生活の中で、「本当の自分」を探していたグレースは、女優復帰に心が揺さぶられました。

 そんな折、モナコに危機が訪れます。戦争でお金が必要になったフランスが、無税のモナコに対して、税金を徴収し支払うように圧力をかけてきたのです。軍を持たないモナコは攻め込まれれば、一瞬で占領されてしまいます。

そして、グレースは決心します。

私は愛を守り抜きます。
出典:映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』のセリフより

 モナコ公妃として、夫と子供たち、そしてモナコを愛し、守ってみせる。映画女優としてではなく、「モナコ公妃」を演じ切ることを決めたのでした。

 グレースの変化によって、夫との関係も回復していきます。

結婚当初、私は完全に自己を見失っていました。本当は新しい生活の中で新たな自分を見出す努力をすべきだったのに。(中略)どの結婚にも嵐のような時期があります。もしそうでなくても、一歩引いて間違っていると認めることが必要なときがあります。
引用:『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)

と後に、昔の自分を振り返っています。

 モナコで孤独な日々を送る中、突然の女優復帰のオファー。心は揺れたでしょう。でも、グレースは王妃としての作法、フランス語、モナコの歴史など、一から取り組み直しました。結婚生活においても、自分の主張を押し付けるのではなく、歩み寄りの道を選んだのです。「私は女優に挑戦したように、結婚にも挑戦したのです」の言葉通り、「結婚」、そして「公妃」にも挑戦。ひたむきな努力を続けたのでした。

ワタシの信念
誰もが羨む、モナコ公妃へと成長。世界中の憧れの的に

 その後、王妃としての公務も積極的に務めるようになり、それ以外にもグレース王妃基金、モナコ・バレエ団を設立し、モナコの芸術や文化の発展に尽力。そして、グレースの寛大な人柄、そしてすべての人々に分け隔てなく愛を注ぐ姿は、モナコ国民の心をとらえました。

落胆することも人生の糧。大切なのは、悔やまず前に進むこと。痛みのない人生は価値がないのです。
出典:http://ameblo.jp/yukiput/

 そして1982年、グレースは旅行中に交通事故に遭い、享年52才という若さでこの世を去ります。この突然の死は、世界中に大きなショックを与えました。

慎ましく、思いやるある人間だったと、みんなの記憶の中に残しておいて欲しいのです。
引用:『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)

彼女は亡くなる数か月前に受けたインタビューで、このように答えていました。

 グレースはずっと、周りから見える「華やかな自分」と、本当は心にどこか寂しさを抱えた「本当の自分」との間で葛藤し続けていたのではないでしょうか。
 
 何が自分にとって一番大切なのか。そして、周りからどういう人間だと思われたいか。自分の思い描いた人間になるためには今、どう振る舞うべきか。グレースは迷ったとき、常にこのことを思い出し、日常生活でも演じ続けていたのかもしれません。あなたも今一度、自分自身を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

キラリと輝く名言

慎ましく、思いやりある人間だったとみんなの記憶の中に残しておいて欲しいのです

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+

 

【グレース・ケリーの名言】
両親であることは、世界で最も難しい骨の折れる仕事です。最も大切な仕事でもあるのです
自分の直感や第一印象を信じなさい。
どの結婚にも嵐のような時間があります。

 

* * *
 
グレース・ケリー。
彼女こそが、この国の切り札。

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【参考】

『心を磨くグレース・ケリーの言葉』(岡部昭子著)
映画『グレース・オブ・モナコ 公紀の切り札』
グレース・ケリー「落胆することも人生の糧。大切なのは、悔やまず前に進むこと。」