「普通女子」でもこんなに輝く! “好き”を追いかける、濱岡結の愛を伝える生き方

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PHOTO  by.rolento photography

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 今回は、自分のことを「芸能人でも起業家でもなく、ごく普通のどこにでもいる女子」と語る、濱岡結さん(元・株式会社バンク・オブ・イノベーション COO直轄室 広報・PR担当)の一歩一歩積み上げてきた「輝きの理由」、「ハッピーな生き方」を見つめます。

ワタシの原点
「好きなものは好き!」と言えた幼少時代。とことん趣味を追求した20代の光と影

 濱岡さんは4人のうち3人が女の子という兄妹の三女として育ちました。わずか6〜7歳の頃、「大人になったら外国人のお嫁さんになる!」と言っていたそうです。物心がついたときにはすでに「外国」や「外国人」に強い興味を示していました。

 そんな濱岡さんの性格を、いちばん微笑ましく見守っていたのは母でした。母は口ぐせのように、こう言っていました。

好きなら、好きなものに、とことん向かっていいのよ。どんなに大変なことがあったとしても、生きている限り、大丈夫。どうにでもなるわ!

濱岡結さん2

 海外への興味以外にも、好きな遊びや趣味はとても多く、着物、ダンス、バイク、アロマなどの趣味に、仕事の傍ら取り組んでいたという積極的な性格。探究心と向上心が強く、いつも前ばかり見て突進している、ようにも見えました−—。

 でも、そのポジティブな側面の裏では、こんなこともありました。育った家庭では、家族間に軋轢があり、トラブルが絶えなかったのです。それを発端として、子どもたち同士でのいざこざが起きるケースも多く、普通に帰宅できないことさえありました。

 家族間で争いがあるとき、濱岡さんはよく仲裁に入っていましたが、そんな彼女を背後でしっかりと支えていたのは、いつも母親でした。

 しばらくして、父親が身体を壊して入院。気性が激しい父も、次第に弱っていき、荒れることもなくなりました。命に関わる重病で、先が長くないとわかっていたということもあり、濱岡さんがお見舞いに行く機会も増えていきます。

変わったきっかけ
「もう一度、心から好きな環境に身を置こう」母の言葉を胸に踏み出す新しい一歩

 父が入院中、濱岡さんに一本の連絡が入りました。「父に何かあったのか」と思って電話に出ると、違いました。父のお見舞いに行く道すがら、母が急逝したのです。心嚢血腫(しんのうけっしゅ)が原因の、あまりにも突然過ぎる死でした。
 
 濱岡さんにとって、母は「母親以上の特別な存在」であり、憧れでした。母は58歳でマクロビオティックインストラクターとローフードマイスターの資格を取るために、海外留学をするなど、バイタリティに溢れた性格。いつも「大丈夫、大丈夫!」と言いながら、濱岡さんを元気づけ、背中を押してくれました。

 母の死を受け入れるのには時間がかかりました。一番の支えを失い、心に穴が空き、泣いても泣ききれない日々が続きました。家族の間でのいざこざも、ぴたりと止んだわけではありません。でも、愛情を注いでくれる母はいない――。そんな中、濱岡さんはずっと母の言葉を反芻していました。そして決意します。

もう一度、心から好きなものをひとつずつ選んで、環境をつくっていこう。

 時間をかけながら、濱岡さんはゆっくりと元の自分を取り戻し、まずは「好き」と思えることをひとつずつ書き出していきました。海外、着物、バイク、ダンス、アロマ…etc。「好き」と思えることがこんなにもたくさんあるということに自分でも驚いたといいます。

 「全部いっぺんに…でなくてもいい。お母さんのように、ひとつひとつやっていこう!」そう思い、順番にひとつずつ取り組み始めました。

 そして、「好き」のひとつである「広報の仕事」をまっとうするために転職もしました。転職先は、IT企業である株式会社バンク・オブ・イノベーション。COO直轄室にて、広報・PRの仕事に従事しました。

 そこで手がけたのは、通常の広報業務に加え、「PR・人材採用ツール」である単行本『BOIZM(ボイズム)』の制作。企画段階から最終納品、プロモーション施策、出版社設立、活用・効果測定段階に渡り、すべてのフローに深く関わりました。その結果、2014年の春に社内の「MVP」を受賞。自社の広報効果への貢献と、単行本制作・活用における貢献の素晴らしさが注目されてのことでした。

広報が“好き”というだけで、資格や実績があるわけじゃないけど、会社の人たちはたくさんのチャンスをくれたし、私のいいところを見つけて伸ばしてくれました。心から幸せです!

のちに濱岡さんは、そう話しています。

 そして、2014年秋、いよいよ自分にとっての原点とも言える「海外」に身を置くことに。徹底して「好き」を追求したときに、「永住したいのはドイツ!」と、永住権を取得するために動こうと決めたのです。それは、これまで「好き」を突き詰めてきた彼女にとっても、もっとも大きな決断でした。

ワタシの今とこれから
安全や安定よりも、関わる人に「愛」を伝えながら生きることを大切にしたい

PHOTO  by.Woong Sam Choi

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 新しい一歩を踏み出すとき、多かれ少なかれ危険は伴います。そして環境を変えるたびに、安定は失っていくものなのです。
 
 でも、濱岡さんが大切にしているものは「安全」や「安定」よりも、とことん「好き」を極めてハッピーになること。そして、そうすることにより周りに「感謝」をして、幸せを伝えていくこと。濱岡さんは、この生き方を「愛を伝える生き方」と呼んでいます。まさに母が身をもって教えてくれたことです。

自分は好きなものはいっぱいあるけど、どれかひとつが世界的に突出しているわけではない。でも、好きなものをとことん追うことや、周りの人に“愛”を伝えることは、きっと得意。

安定も安心もすごく少ないかもしれない。でも、それよりも、“愛”を伝えることを大切に生きていきたい。それがわたしの役目だと思う。

 そう語る濱岡さんの視線の先には、きっと今でも母の言葉と背中があるのでしょう。

キラリと輝く名言

生きている限り、大丈夫。どうにでもなるわ!

新たな “視点” で、
昨日よりもちょっといいワタシに。
―――― eyes.+

 

【濱岡結さん 関連名言】
環境は自分の手でつくるもの。
生きている限り、大丈夫。どうにでもなるわ!
本当の幸せはちゃんと連鎖する。自分が幸せになることで、周りにも幸せになってほしい。